■コロナウイルス騒乱に対する佐藤の確信(意見書ベース)  第一波の収束を迎えて、案の定、『日本モデル』が自己礼賛されようとしています。 担当相曰く、「国民の努力で爆発的感染拡大を逃れ、新規感染者を減らせた」ようですが、 世界の誰も「日本の対策は凄いな」と思わず、「東アジアは不思議だな」と思って、免疫学の観点から検証が進んでいます。 初期の低毒性コロナ蔓延による集団免疫説を裏付ける論文も出始め、日本人のみならず在日外国人も心配ない可能性が高まりました。 未曾有の殺人ウイルスか、ただの風邪か。 どちらにどれだけ近い疫病かを継続評価し、見直していくことが本当の被害を最小化するには大事でしょうに、政策の軌道を修正しない傲慢さ、不義を感じずにはいられません。 日本にも(本当に)頭が良く、正義感の強い勇者が多くいますので、この数ヶ月の自粛政策が何をどれだけ救済したのか、 それによる副次的(経済的・人的)被害とどちらが大きいのか、成功なのか失敗なのか、 聞き届けられなかった合理的予測や提言を追認するように、否が応でも学術的に検証されていくでしょう。  週末の市中を運転して渋滞に嵌り、一旦は、よい意味で批判精神を削がれました。 飲食店も、人の往来も、社会活動は急速に従前を取り戻しつつ見えますね。 一方で、ご承知の通り、まだ半分休眠状態にあるのが学校や公共施設に関わる部分であり、 それ以外にも、砂上の楼閣の如き“新型コロナ救命至上主義”により、苦難を余儀なくされている方々が大勢います。 何を大事に考えるかは人それぞれですから、異なる意見や方針を無闇に否定すべきではありませんが、 公共を謳う立場ならば、人々を悪い方向に洗脳するのではなく、公益に資する社会正義を追及して欲しいですね。  新型コロナ対策と称して、とかく数理的根拠が出てきませんね。 可能かつ必要なら撲滅、不可避ならウイルス共生を受け入れる為に、逐次明かされるデータを見つめながら対策の最適化を図らねばならない筈です。 Lv.0 欧米や同調圧力に倣う Lv.1 死者数を不思議に思う Lv.2 延命寿命の国民総和を問う(佐藤の確信は大幅マイナス) Lv.3 ウイルス共生・死生観まで探る(個々人の信念かつ本当の科学) 大和魂、サムライ国を称する日本人なら、その叡智と精神でLv.3まで昇華できるでしょうに、Lv.1すら到達せずに騒乱状態にあると感じます。 日本の最高頭脳が導き出した数式は、最初から最後まで「42万人死亡説・クラスター撲滅作戦」を信奉させるほど高尚なのでしょう。  「日本のコロナ禍は99%人災」、これが佐藤の“凡脳”で導出できる確信です。 不運な免疫力で、医療破綻したと言われるイタリアで、新型コロナ死者の平均年齢80歳、平均寿命は82歳(2017年統計を新型コロナ死亡男女比7:3で重み計算)です。 煽情的に使った99%ではなく、99.7%くらいかもしれず、この数値を下回ることが難しいくらいの集団ヒステリーが進行してきたと見ます。 更には、この数値が今後数ヶ月~何年にも亘って下がらないことを心配しています。 最高頭脳がミスリードするのは、その明晰さよりも、傲慢さや権益の大きさが勝る故に珍しくないようです。 人々の生活基盤を壊し、免疫と体力を奪い、子供の健全な成長と、(守りたい筈の)高齢者の健康もどれだけ阻害しているか、慈悲的な分析が待ち望まれます。  交通事故撲滅を願って、AI運転車の開発をじっと待つことはありません。 ここまで来れば、感染はスピードの問題であり、拡大を前提とせずに社会生活は送れません。 唯一の緩和基準は「感染が出ないこと」ではなく「医療破綻しないこと」であるべきとの提言に激しく賛同します。 最初から最後まで、医療負荷の集中(指定感染症の呪縛)こそ、日本の叡智で早々に克服すべき問題でした。 その心配が無くなった今また、第二派を恐れて、欧米の100倍安全(死亡1/10万人)な日本で、100倍厳しい出口基準(感染0.5/10万人)を持ち出し、等しく生きて、必ず命を全うする人間にあって、 「日本人の命は欧米人より1万倍も尊い」と言わんばかりの嘆かわしい価値観で、かつ逆効果の対策を断続的に続けようとしています。 いつまでに終わらせる観測なのでしょうか。 フェイスシールド授業しかり、初夏のマスク通学しかり、対策と称して終わる時をただ祈っている野蛮人にしか私には見えません。 ワクチン開発も素人が考えるほど簡単ではないようで、気候要因も期待できなければ、 ・収束を先延ばしにしても感染総数は変わらない ・低リスク型で早く集団免疫を獲得しておかないと今後の変異を防疫できず、日本の幸運を反故にする という可能性は、素人でも理解できる帰結です。  「敵は(感染者でなく)ウイルスにあり」 これは感染者への差別を制止する為の当然の言葉ですが、もはや当を得ません。 協力要請は「市民の命と健康を守る為」と、行政の責任者が異口同音に唱えます。 立派です。大義です。くりかえして欲しい、真実ならば。 しかし、「経済苦境を承知で、本当にそうお考えですか?」の問いに口を噤(つぐ)んだり、「効果は試算できないと思うのでしていない」と答えたり、 政府基準に依拠するしかない行政が最も守りたいものを信頼して協力しておけばよいのでしょうか。 クラスメイトが季節性の風邪を引いただけで「3週間後ならロボット教室に参加してよいでしょうか?」と心配させ、 「次は自分が休校させる番かもしれない」と不当に子供を脅迫しているのは誰なのか? 医療危機を優に脱した今、市中に蔓延して私達を苦しめるのはウイルスなのか? 亡霊のように浮遊する本当の敵をしかと見定め、真義を尽くすよう訴えていく必要があるように思います。 (意見書のベースにして提出予定) 2020年6月3日 東福間・中間・小倉北教室 佐藤 誉夫